中ノ沢渓谷森林公園の活動テーマは「天然杉」。今年から「天然杉」をテーマにした様々な催しを企画運営していきます。 去る2月5日に新潟大学・農学部・生産環境科学科の紙谷先生をお尋ねし、天然杉について沢山のお話を聞いてきました。目線を我々入門者に合わせて頂き、本当に分りやすい目から鱗のお話でした。そこでそのお話を講座の形で皆さんにお伝えして行きます。

紙谷先生の天杉講座    (入門編)

  新潟大学 農学博士
       紙谷 智彦 教授
農学部 生産環境科学科 森林環境管理学講座
大学院 自然科学研究科 生態系科学大講座主任

初回Lesson1ではスギの「風散布」についてお伝えします。
生物にとって最も重要なことは子孫(=遺伝子)を残すことです。しかし植物達は 動物のように自分では移動できません。そのため、遺伝子交流のための花粉のやりとりとともに、種子の散布は非常に重要です。長い進化の過程で環境に適応しながら、 植物達は様々な種子の散布方法をつくりだしてきました。中ノ沢渓谷森林公園周辺の植物では、以下のように分類できます。
 ● 風に乗る散布
(軽量型:スギ、タニウツギ、冠毛型:タンポポ、綿毛型: ヤナギ類、翼型:マツ類、カエデ類)
 ● 重力による散布
(ナラ類、ブナ、トチノキ。これらは動物に貯食されてそのまま発芽することも多い。)
 ● 果実が動物に飲み込まれて種子だけが排出される散布
(ガマズミ、ヤマブドウ、サクラ類、ホオノキ)
 ● 動物の体毛に付着して運ばれる散布 (チジミザサ、ヌスビトハギ、ミズヒキ)
 ● アリによって運ばれる散布 (カタクリ、スミレ類、コシノカンアオイ)
 ● 弾ける散布 (ゲンノショウコ、ツリフネソウ、マルバマンサク)
 ● 水に流される散布 (水に浮く果実ならどれでも)
こうした中でスギは、高く高く幹を伸ばし、風に乗る散布「風散布」で種子を撒き散らし子孫を残して来ました。スギをはじめとして、針葉樹のほとんどは風散布です。 そのためにスギは出来るだけ高く幹を伸ばす必要があるのです。

Lesson 1

右の写真は、中ノ沢渓谷森林公園内の大杉です。沢沿いの斜面にしっかりと根をおろし、幹を高く真っ直ぐ伸ばしていますが、この姿こそが太陽の光を効率的に利用しながら、種子を遠くまで散布するという杉の生活史戦略の結果なのです。

Lesson 2

 Lesson 2 では、「伏条更新」についてお伝えします。
 まず、「更新」とは? 「更新」とは、森林の後継樹を育てることを意味します。本来は、人の意思によって森林を再生させる場合に使われる専門用語です。特に、自然の力に任せる場合を天然更新と呼び、植栽による人工更新と対比して使われます。
 天然更新は、さらに以下のように分けられています。
 
1) 実生更新(みしょうこうしん) :
 種子の発芽によるもの。同じ種類の別の木(個体)から花粉をもらう場合には、母親の木とは異なる遺伝子的な特性をもった次世代が生まれる。

2) 萌芽更新(ぼうがこうしん)  :
 幹の根元付近に芽が出て新たな幹になるもの。ニセアカシアなどに見られる根から出るものは根萌芽(こんぼうが)と呼ばれる。広葉樹の切り株から出る萌芽は薪炭林の再生には欠かせなかった。

3) 伏条更新(ふくじょうこうしん):
 雪などのために垂れ下がった枝が直接地面に触れ、そこから新たに根が生え、親木から独立するもの。多雪地に分布する天然杉の更新方法として知られている。ヒメアオキなどの低木類でも伏条更新により広い範囲に勢力を拡大することがある。これを人工的に行うのが取り木。先に親木から独立させてしまうのが挿し木である。

4)立条更新(りつじょうこうしん) :
 幹が途中から雪害などで折れた場合に、複数の枝が主幹にとって代わるように直立することによるもの。人工的に幹の下部で立条更新させて、収穫を繰り返しているのが京都の北山台杉。

 実生更新以外は、すべて親木の一部から分かれたものですので、遺伝的には同じ、すなわちクローンです。

 多雪地の天然杉は、伏条更新や立条更新で個体を維持しながら、同時に実生更新で子孫を残しているのです。このような複数の更新方法を使って次世代を残しているところに「天杉」の強さの秘訣があるのかもしれません。   

左の写真は、笠菅山の天然杉です。主幹が雪などで折れてやられてしまっても、代わりに枝を主幹にすることができるのです。三川村「将軍杉」の樹形は、光をたっぷり使える条件下で複数の主幹候補がともに成長した例です。

 <五頭登山道>
伏条更新による樹形と思われます。どうやったらこうした形に成長するのでしょう。

   <三階滝沢>
立条更新。主幹が倒れてから少なくとも8本以上の幹が成長したと思われます。

  <ヨドの森>
主幹が倒れた後、枝が幹に成長したと思われます。

Lesson 3

 Lesson 3 では、いよいよスギの「雪への適応」についてお話します。
 スギと言えば北山杉の人工林が日本を代表する森林美の一つとされています。よく管理された人工林では、きれいに枝打ちされた真っ直ぐ伸びる幹が特徴です。 

 異様にねじれ曲がった幹やごつごつした木肌、そして複数の幹が一つの株から立ち上がっていることすら珍しくはありません。しかし、こうした樹形の天然杉は特殊なスギではないのです。むしろ、長生きしている天然杉のほとんどは、このような樹形をしています。厳しい自然条件に適応して、生き残ることができた結果としての姿なのです。

 天然杉は、13〜8万年くらい前に広く日本列島を覆っていたと考えられています。その後、世界的な寒冷化(氷期)でシラビソなどに生育地がとって代わられました。1万年くらい前から再び、地球が暖かくなり、落葉広葉樹が南から進出してきました。スギもこの頃から再び勢力を盛り返してきました。しかし、日本海側特有の多雪環境の下で、ブナの適応はずば抜けており、独占的に森を形成してきました。ブナ独占下にあってスギは、森の落葉層が何らかの自然攪乱で取り除かれた場所で、かつ、雪の影響をあまり強く受けないような土地を占有することができたのです。

 右の写真は主幹が雪にやられ中央の空白部「デッドセンター」が形成され、その後回復してきた様子がわかります。

 しかし、誰もが異様な樹形の天然杉を見たとき「これがスギ?」と驚かれることと思います。

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Lesson 1 [風散布」 Lesson 5 「スギの実生」
Lesson 2 「伏条更新」 Lesson 6 「スギと広葉樹」
Lesson 3 「雪への適応」 Lesson 7 「スギの適地」
Lesson 4 「枝の成長」 Lesson 8 「樹木の寿命」